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Visited Donna's Home

Dale そして Donna Fields。私は彼等のこと、彼等の親切、そして彼等の家で過ごした一月をけして忘れることはないでしょう。1977年の夏の想い出。当時中学生だった私が経験した異国での素晴らしい体験の数々はこの夫妻によって支えられていたと言っても過言ではないでしょう。たとえ英語があまりできなくても、彼等の大きな心は私の目を見、様子をみて一生懸命私を理解してくれたのです。そのお陰で私は一切のホームシックを感じることなく一ヶ月を過ごすことができたのです。本来であればもっと早くに機会を見つけ再会のために訪れるべきだったのかもしれません。再び彼等の自宅を訪れるまでには25年以上の歳月を要してしまいました。それでも今回得たシアトル出張の機会は本当に運がよかったと思います。スポーケンに立ち寄ることができればサンドポイントはすぐ近くとの思いもありとうとう本当に久し振りにこの地を訪ねることができ、当然のことながら私はまずはホームステイで生活した第二の我が家を訪れてみることにしました。今回の旅行は事前に入念な計画を立てていなかったので、未だに彼の地にFields家が生活しているかを確認することもなく、ともあれ訪ねてみようと思ったのです。

市街地を出て95号を北に進むと覚えているようで、微妙に異なってしまっている景色が目に飛び込みます。やはり当時と全く同じというわけにはいきません。そのせいか、家への誘導路をなかなか見つけることができませんでした。一度見つからず行き過ぎ再び脇道を回って一周してから再度。そしてどうにか発見することができました。未舗装の荒れた誘導路をゆっくり進めると、見覚えのある感じの家が。隣人のMike Reeb氏の家に間違いない、ここで間違いない!そう確信しさらにクルマを進めとうとう見つけることができたのでした。クルマを降りるとゆっくりと家に近づきます。色の塗り替えなどはあったようでしたが昔と変わらぬ佇まいでした。ただし、昔牛を飼っていたところは荒れ地でしたし、とうもろこし畑も同様に荒れ地です。ゆっくりと昔遊んだ庭を歩くと、Memorial of Max Williams, 19XX といったコンクリートの彫り込みがありました。ちょっとドキっとしてしまいましたが、間違いなくここが彼等の家、そして1977年に私が夏を過ごした家なのです!

ゆっくり家の周囲を回ります。窓には明らかに生活している気配があり誰かが住んでいることは確かなのです。 そうしていると玄関の扉が開いて老婦人が顔を出しました。私は彼女がDonna自身とはすぐには気付かず、私の名前と昔この家にお世話になったことを告げるとゆっくりと彼女は微笑み、自分がDonnaであることを告げました。私は懐かしく涙を流しそうな思いでどうして今訪ねてきたかをDonnaに説明したのです。Donnaはゆっくりうなづきながら私の話を聞いてくれ、それから昔みんなで囲んだ食卓のテーブルに腰掛けるように促しました。そして何冊かのアルバムを取ってきて、彼女の家族の近況を教えてくれたのです。子供たちも各地へ散っていて既にサンドポイントには残っていないようでした。そしてDaleのこと知っていたか?と聞かれ、もしかしてと思いましたが、Donnaは彼が病気で10年くらい前に亡くなっていたのです。その悲しいニュースは私には確かにショックでもう少し早く訪れていれば、そんな思いに馳せました。その後、DonnaはMariaがスポーケンに住んでいることを教えてくれました。すぐに住所と、持参したスポーケンの地図を確認しMariaの家を訪ねることにしました。Donnaは電話をしてくれ、生憎の留守でしたがメッセージを残してくれたので、その後また必ず戻ってくることを告げ一路スポーケンを目指したのでした。それにしても何と言う幸運か、まるでアポイントもせずに訪れてDonnaと再会でき、メールアドレスや連絡先を聞くことができたのは本当にラッキーでした。昔を思い出しながら、そしてすっかり成人として活躍している兄弟たちの近況を聞くことができてスポーケンまでの道のりでホームステイしていた頃の想い出を振り返えることができました。




















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